原状回復とは?オーナーが知っておきたい基礎知識とトラブル防止策

「退去時のテナントと費用負担で、また揉めてしまった…」 「どこまでが経年劣化で、どこからがテナントに請求していい範囲なのか、自信を持って説明できない…」
賃貸物件を運営するすべての大家さんにとって、原状回復にまつわるトラブルは、時間も精神もすり減らす大きな悩みの種です。
2020年4月の民法改正により、この国土交通省の**「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」**の考え方が法律のルールとして明確化され、その重要性はかつてないほど高まっています。
この記事では、愛知県名古屋市を拠点に数々の原状回復工事を手掛けてきた専門家である私たちSNBコーポレーションが、大家さんが知っておくべきガイドラインの全知識を、最新情報に基づき徹底的に解説します。この記事を読み終える頃には、あなたは自信を持って退去立ち会いに臨めるようになっているはずです。
【大前提】原状回復ガイドラインとは、大家さんの「武器」であり「盾」である
まず押さえるべきは、このガイドラインに法的な強制力はないという点です。しかし、「法律ではないから関係ない」と考えるのは非常に危険です。
万が一、費用をめぐって裁判になった場合、このガイドラインが「公平な判断基準」として絶対的に重視されます。
つまり、ガイドラインは、不当な請求からテナントを守ると同時に、理不尽な要求から大家さん自身を守るための「盾」となるのです。さらに、知識を持つことで、本来請求できる費用を正当に主張するための「武器」にもなります。
【費用負担の境界線】大家さん負担 vs テナント負担
費用負担のルールは、突き詰めれば非常にシンプルです。この境界線さえ理解すれば、トラブルの9割は防げます。

A. 原則は「経年劣化・通常損耗」は大家さん負担
これは、普通に生活していれば自然と発生する損耗や、時間の経過による劣化のことです。次の入居者を募集するための「未来への投資」と捉えましょう。
項目 | 具体例(大家さん負担) |
壁・天井 | ・画鋲やポスターを貼ったピンの穴(下地ボードの張替えが不要な程度)<br>・テレビや冷蔵庫裏の電気ヤケ(黒ずみ)<br>・日光が原因の壁紙やフローリングの色あせ |
床 | ・家具の設置によるカーペットの一時的なへこみ<br>・ワックスがけで消えるレベルの細かいすり傷 |
その他 | ・網戸の自然な劣化や破れ<br>・次の入居者募集のための、専門業者による全体のハウスクリーニング<br>・(鍵の紛失や破損がない場合の)鍵の交換 |

B. 「故意・過失・善管注意義務違反」はテナント負担
これは、普通に生活していれば自然と発生する損耗や、時間の経過による劣化のことです。次の入居者を募集するための「未来への投資」と捉えましょう。
テナントの不注意や、通常求められる手入れを怠ったことで発生した損害は、請求の対象となります。
項目 | 具体例(テナント負担) |
壁・天井 | ・タバコのヤニ汚れや染み付いた臭い<br>・下地ボードの張替えが必要なレベルの釘穴やネジ穴<br>・子どもが描いた落書き、壁に物をぶつけてできた穴 |
床 | ・飲み物や油をこぼしたまま放置してできたシミやカビ<br>・引越し作業で家具を引きずってできた深い傷<br>・キャスター付き椅子による過度な傷やへこみ |
その他 | ・ペットが付けた柱の傷や、壁・床に染み付いた臭い<br>・結露の放置によって拡大したカビや、窓枠のシミ<br>・鍵の紛失や、乱暴に扱って破損させた場合の交換費用 |

【最重要】知らないと損する「耐用年数」と「負担割合」の計算
テナントに費用を請求できる場合でも、全額を請求できるわけではありません。ここで「耐用年数」という考え方が重要になります。建物や設備は時間と共に価値が減少していくため、その減少分を考慮する必要があるのです。
特に有名なのが壁紙(クロス)で、耐用年数は6年です。6年で価値は1円になると考えます。
◆ 負担割合の計算方法
請求できる金額の上限は、以下の式で計算します。
◆ 具体的な計算例
【例】補修に5万円かかる壁紙の傷。テナントは3年間住んでいた。
この場合、請求できる上限額は…
◆ 主な内装・設備の耐用年数(目安)
設備・内装 | 耐用年数(目安) |
壁紙(クロス) | 6年 |
カーペット、クッションフロア | 6年 |
フローリング(板) | 建物の耐用年数(通常15年以上) |
キッチン(流し台) | 15年 |
エアコン | 6年 |
便器 | 15年 |
【契約の要】「特約」を有効にするための3つの条件
「契約書に書いておけば何でも通る」わけではありません。ガイドラインと異なるルールを定める「特約」が有効になるには、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。
- 客観的・合理的理由:特約が必要な理由が合理的で、一方的に大家さんだけが有利になる暴利な内容ではないこと。
- テナントの認識:テナントが「本来は大家さん負担だが、特約によって自分が負担する」ことを明確に理解していること。
- テナントの意思表示:テナントがその負担を納得した上で、契約の意思を示していること。
有効になりやすい特約の例 「退去時のハウスクリーニング代として、地域の相場に基づき30,000円を借主負担とする」 「喫煙によるヤニ汚れの清掃・消臭費用は、全額借主の負担とする」
無効になりやすい特約の例 「理由を問わず、あらゆる補修費用は全額借主の負担とする」
5. よくある質問(Q&A)でさらにスッキリ解決
画鋲の穴は本当に請求できないのですか?
はい、ポスター等を貼るための常識的な範囲の画鋲やピンの穴は「通常損耗」とされ、請求できません。ただし、カレンダーや棚を設置するために開けたドライバーで回すようなネジ穴や、下地ボードの交換が必要になる大きな穴は、請求対象となります。
ハウスクリーニング代の特約は絶対有効ですか?
いいえ。特約に記載があっても、その金額が地域の相場から著しく高額である場合などは、消費者契約法に基づき無効と判断される可能性があります。金額設定は常識の範囲内にしましょう。
オフィスや店舗の「スケルトン返し」も、このガイドラインが適用されますか?
オフィス・店舗などの事業用物件は、住居とは損耗の度合いが大きく異なるため、原則として契約書(特約)の内容が優先されます。「スケルトン(建物の骨格状態)に戻す」という契約であれば、それに従う義務があります。しかし、契約内容が不明確な場合のトラブル防止策として、このガイドラインの考え方を参考にすることは非常に有効です。
まとめ:トラブルを未然に防ぎ、賢い賃貸経営を
最後に、この記事の要点をまとめます。
- ガイドラインは、大家さんを守る「盾」であり「武器」である。
- 費用負担は「経年劣化・通常損耗」か「故意・過失」かで見極める。
- 請求できる場合でも「耐用年数」を考慮した負担割合で計算する。
- 「特約」は無敵ではない。有効にするには3つの条件が必要。
これらの知識を身につけることで、退去時の無用なトラブルは確実に減らせます。
とはいえ、「知識は分かったけれど、いざ自分の物件のケースとなると判断に迷う…」というのが正直なところではないでしょうか。
私たちSNBコーポレーションは、愛知県名古屋市を拠点に、数多くの賃貸物件の原状回復工事を手掛けてきた専門家集団です。ガイドラインに基づいた適正な見積もりと判断はもちろん、オーナー様の物件価値を長期的に向上させるためのご提案まで行います。