【トラブル事例別】原状回復のよくある揉め事と法的対処法|敷金返還から高額請求まで

テナントの退去時に、貸主(オーナー)との間で最もトラブルになりやすいのが「原状回復」をめぐる問題です。
「通常の使用による汚れまで請求された」 「見積もりが不当に高額すぎる」 「敷金がほとんど返ってこなかった」
こうした問題は、原状回復に関する正しい知識がないために、テナント側が不利な条件を飲まざるを得ない状況から生まれます。しかし、法律やガイドラインに基づいた「正しい知識」で武装すれば、不当な請求に対して毅然と交渉し、ご自身の権利と資産を守ることが可能です。
この記事では、実際に起こりがちな4つの代表的なトラブル事例を基に、その問題点と、テナントが取るべき具体的な「法的対処法」を詳しく解説します。
なぜトラブルは起きるのか?基本原則の再確認
トラブルの多くは、原状回復の基本原則に対する貸主と借主の「認識のズレ」が原因です。交渉を始める前に、まず以下の2つの大原則を再確認しましょう。
オーナー様(貸主)の負担となるもの

経年劣化
時間が経つことによる自然な変化や損耗。
(例)日光による壁紙やフローリングの色褪せ、畳の変色

通常損耗
普通に生活していて、自然に発生する傷や汚れ。
(例)家具の設置による床やカーペットのへこみ、テレビ裏の壁の電気ヤケ
これらは、家賃に含まれる「物件価値の減価分」と見なされるため、修繕費用はオーナー様が負担するのが原則です。
入居者様(借主)の負担となるもの

故意・過失による損傷
不注意や通常とは言えない使い方で生じさせた損傷。
(例)物を落としてできた床のへこみや傷、壁に開けたネジ穴

通常の使用を超える汚れ
掃除を怠ったことで発生・拡大した汚れ。
(例)タバコのヤニによる壁の黄ばみや臭い、結露を放置して発生したカビ、ペットによる柱の傷や臭い
これらの修繕費用は、入居者様に請求することが可能です。
この原則は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」にも明記されています。事業用物件では契約書の「特約」が優先されることが多いですが、このガイドラインが交渉のベースとなる重要な拠り所であることに変わりはありません。

トラブル事例1:通常損耗まで含んだ「過大な修繕費」を請求された

【ありがちな主張】 「家具を置いていた床のへこみや、壁紙の日焼けもすべて元に戻してください。その費用は全額ご負担いただきます。」
【問題点】 家具の設置による軽微なへこみや、日光による壁紙の変色は、典型的な「通常損耗・経年劣化」であり、原則として貸主の負担です。テナントにこれらの費用を請求することは、ガイドラインの趣旨に反します。
【法的対処法】
- 負担区分を明確に主張する: 貸主に対し、「その損傷は通常損耗にあたるため、当方には支払い義務がありません」と、ガイドラインを根拠に明確に主張します。
- 「特約」の有効性を確認する: もし契約書に「通常損耗も借主が負担する」という特約があっても、それが契約時に十分に説明され、借主が納得した上で合意したものでなければ、無効を主張できる可能性があります。
- 入居時の写真で証明する: 入居時に撮影した写真や現況確認書を提示し、損傷が入居前からあったものか、あるいは通常の使用範囲内のものであることを客観的に証明します。
トラブル事例2:請求された工事費用が「相場より明らかに高額」

【ありがちな主張】 「壁の一部分に傷をつけたので、壁全面のクロス張り替え費用として〇〇万円かかります。業者は当方で指定します。」
【問題点】 たとえテナントの過失による傷であっても、負担義務は原則として損傷した箇所のみ(最小施工単位)です。壁一面など、必要以上の範囲の修繕費を請求することは「過大請求」にあたります。また、貸主が指定した業者(B工事)の費用が、市場価格から著しく乖離しているケースも少なくありません。
【法的対処法】
- 詳細な見積書の提出を要求する: 「工事一式」ではなく、工事項目、単価、数量が明記された詳細な見積書の提出を求めます。
- 相見積もりを取得する: 自身で他の業者から同条件の見積もり(相見積もり)を取得し、貸主が提示した金額の妥当性を検証します。
- 減価償却を主張する: 壁紙などの価値は時間と共に減少します(減価償却)。ガイドラインでは壁紙の耐用年数は6年とされており、6年以上経過していれば、たとえテナントに過失があっても負担割合は大幅に軽減されるべきだと交渉します。

トラブル事例3:敷金・保証金が「理由なく返還されない」

【ありがちな主張】 退去後、何の連絡もないまま敷金が返還されない。問い合わせても「修繕費で全額相殺した」と、詳細な説明がない。
【問題点】 貸主は、敷金から原状回復費用を差し引く場合、その内訳を明記した精算書を借主に提示する義務があります。説明なく一方的に相殺することは認められません。敷金はあくまで「預けているお金」であり、その使途は明確にされなければなりません。
【法的対処法】
- 精算明細書の送付を要求する: まずは電話やメールで、費用の内訳がわかる精算明細書の送付を正式に要求します。
- 内容証明郵便を送付する: それでも貸主が応じない場合は、「敷金の返還と精算明細書の提出を求める」旨を記載した内容証明郵便を送付します。これは、法的手続きを視野に入れているという強い意思表示となり、貸主側の対応を促す効果があります。
- 少額訴訟を検討する: 交渉が決裂した場合、60万円以下の金銭トラブルであれば、簡易的な裁判手続きである「少額訴訟」を利用して、法的な解決を図ることも可能です。
トラブル事例4:「B工事」を盾に「不透明な費用」を請求された

【ありがちな主張】 「この空調設備の移設はB工事なので、当方指定の業者しか使えません。費用は〇〇万円です。」と、交渉の余地なく高額な見積もりを提示される。
【問題点】 B工事(費用は借主負担、業者は貸主指定)は、ビル全体の安全管理上、必要な仕組みです。しかし、それを逆手にとって、競争原理の働かない閉鎖的な環境で不透明な費用が請求されるトラブルが後を絶ちません。
【法的対処法】
- 見積もりの「根拠」を問いただす: なぜその金額になるのか、詳細な単価や人件費の根拠を示すよう、粘り強く説明を求めます。
- C工事への変更を交渉する: その工事が本当にビル全体に影響を及ぼすものか精査し、影響が軽微であれば、借主が自由に業者を選べるC工事に変更できないか交渉します。
- 専門家の意見を求める: 技術的な判断が難しい場合は、第三者の建築士やコンサルタントに意見を求め、その工事の妥当性や費用感を評価してもらうのも有効な手段です。
まとめ:泣き寝入りしないために「知識」と「記録」で対抗しよう
原状回復をめぐるトラブルの多くは、テナント側の知識不足や準備不足につけ込まれる形で発生します。しかし、「契約書」「ガイドライン」「入居時の写真」といった客観的な証拠を基に、法的根拠を持って交渉すれば、理不尽な要求を退けることは十分に可能です。
もし、当事者間での交渉が困難だと感じたら、決して泣き寝入りせず、内容証明郵便の送付や、弁護士、そしてSNBコーポレーションのような原状回復の専門家へ速やかに相談してください。正しい知識と行動が、あなたの正当な権利を守ります。
